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「タッチ」で深める
心と身体の安らぎと社会の温もり

リベラルアーツ学群

山口 創 教授


肌と肌の「触れ合い」によってもたらされる心身の変化を研究してきた山口創教授。コロナ禍で見出した「セルフタッチ」の有効性や、社会のさまざまな場面で期待される「タッチケア」の効果について、語ってもらいました(聞き手:桜美林大学 畑山浩昭学長)。

「タッチ」によって生まれる
幸福感や絆を深めるホルモン

畑山:山口先生はさまざまなメディアに出演されていますが、今回じっくりお話しできる機会が得られて嬉しいです。山口先生と言えば、「タッチ」の研究ですね。

山口:ありがとうございます。「タッチ=触れる」ということは、人間にとって最もシンプルな癒しの手段であり、他者とのコミュニケーションの原点です。人と触れ合うことで痛みが和らいだり、心が安定したりすることがありますね。感覚受容器からの「快」の信号が脳に届き、幸福感や人との絆を深める働きがあるとされるホルモン「オキシトシン」の分泌が促されたり、痛みやストレスの緩和に役立ったりすることが、研究によって明らかになってきました。

畑山:まずは、そのような分野に関心が収斂されていった経緯から知りたいです。

山口:学生時代は早稲田大学の人間科学部というところで学びました。ちょうど私が受験した時にできた学部で、現在の「リベラルアーツ」の走りのようなところです。それまでの学問は「タコつぼ型」で、心理学や教育学など、それぞれの専門領域の中だけで研究をする、という研究者が多かった。でも、そもそも人間というものは、肉体的な存在であると同時に社会的な存在でもあり、人の心をそのような多面的な側面から捉える必要があるだろう、と。

そこで私は心理学を専攻したのですが、これまでの心理学とは少し違って、身体から心や人間関係にアプローチしていく研究をしました。これは「身体心理学」といって、私が学んだ春木豊先生(1933年~2019年、早稲田大学名誉教授)が提唱した学問です。春木先生ご自身が、太極拳や座禅、ヨガなど、心身を整える東洋的なアプローチに取り組んでいらっしゃり、私も一緒にそれらを実践する中で、もっと学びを突き詰めたいと思い、大学院に進みました。博士課程を終え、助手として3年間勤め、そのあと聖徳大学で専任講師として9年間勤務しました。

畑山:講師時代は、どんなお仕事内容だったんですか。

山口:幼稚園教諭や保育士をめざす学生に、児童心理学を教えていました。そこで卒論に取り組む学生と共に、保育園や幼稚園でデータを集めていったのですが、親との触れ合いが多い子どもほど落ち着いている、性格が穏やか、というように良い結果がたくさん出てくることを知ったんです(※1)。このことが転機となって、「親子が触れ合うことの影響」について研究するようになりました。

畑山:それで「タッチ」というテーマに繋がっていったのですね。

「パーソナルスペース」から「タッチ」へ
新たな発想で研究を深める

山口:博士課程の頃は、「パーソナルスペース」という、人との距離について研究していましたが、その後、何か新しいテーマで研究しようと思って。「距離を0にしてしまえば、『タッチ』になる。それははるかに面白いテーマだ」と気づいたんです。動物はグルーミングのように、お互いに触れ合いながら関係を築いていきますよね。人間も当然、動物の一種ですから、「触れる」ということは、動物的な本能としてとても大事だと思います。ところが、世界的に見てもタッチの研究は少なかった。「こんな大事なテーマなのに、なんで誰もやらないんだろう。それなら、自分がやってみよう」と思って始めたのがきっかけです。

畑山:文化人類学では、コミュニケーション時の人との「距離」に関する研究がありますね。至近距離でしゃべる文化もあれば、少し距離を取ってしゃべる文化もある。会ったらハグする文化と、しない文化も。こういったものも関連するのでしょうか。

山口:関係はあります。日本人は世界的に見ても「極めて触れない民族」です。でも、よく調べてみると、親と子どもとの接触はとても多いんです。けれど、子どもの思春期を境にいきなり触れ合わなくなってしまう。それに比べて欧米は、大人になっても触れ合いを続けるという特徴があります。日本は独特だと思うんですよね。

畑山:タッチすることの効果について語っていらっしゃいましたが、そもそもストレスと肌にはどのような関係があるのか教えていただけますか。

山口:肌の問題で言えば、乾燥肌の原因には遺伝や加齢もありますが、ストレスも関わっているんです。ストレスが多いと皮膚のバリア機能が壊れて角質水分量が減ります。そんなストレスを緩和するのに「タッチ」はとても有効です。ですがコロナ禍で人と触れ合えない状況になり、それなら「自分で触れるとどうだろう」と方向転換をしました。いろいろ研究してみたところ、自分で自分の身体に触れることでもオキシトシンが分泌されて、ストレス解消に役立つことが分かり、「セルフタッチ」の重要性が見えてきました。

畑山:どこを、どのように触れると良いのでしょうか。

山口:頭から顔、それから両腕、胸、お腹などを、5分ぐらいかけて一通り手で触れるんです。ポイントとしては、手をゆっくり動かしたり、止めて押さえたりすること。顔に触れる場合は手の平で包み込むように押さえながら、その感覚に意識を向けてみる。腕に触れる場合は、手の平をゆっくり、1秒間に5センチ動かすぐらいの感覚で撫でる。そうすると、オキシトシンが最も分泌されて、ストレスホルモンのコルチゾールを抑えることができます。ちなみに、オキシトシンはアロマを嗅ぐことでも分泌されます。特にラベンダーやクラリセージオイルの香りは、オキシトシンをたくさん分泌させることが証明されています(※2)。

畑山:そういった効果を科学的に証明なさる時に、どんな手法をとるのですか。

山口:オキシトシンやコルチゾールは唾液から採取して測りますが、ストレスやリラックスの状態は、自律神経の活動を調べたり、サーモグラフィーカメラで身体の温度を計測したりして調べることができます。

調査に用いるサーモグラフィーカメラ。ストレス下では身体の温度が下がり、リラックス状態では上がる。

タッチケアを広め
人にやさしい社会を

畑山:コロナ禍でほとんど高校に通えなかったという若者たちが、本学にも入学してきました。そういった学生たちに対し、先生はどういうアプローチで向き合っておられるのでしょうか。

山口:通学が制限されていた頃は、友達ができない悩みや、オンライン授業ばかりで抑うつ状態を抱える学生が多くいましたが、現在はそれが解消されつつあります。ただ、最近の若者一般に言えることとして、小さい頃から人と触れ合う経験が少なく、身体を通して相手を知る機会が少ないため、より繊細になって深く付き合うのを避ける傾向が強まっていると思います。文字情報が主体のSNSで交流することが増えているので、直接会って目を見て話したり、距離感をうまく取ることが苦手な印象です。

そこでゼミの授業では、最初に皆で触れ合うワークを実施します。すると、はじめはちょっと抵抗感を覚えていた学生たちも、文字通り肌が触れ合うことで、すぐお互いの心が近くなって、いつの間にか仲良くなれるんです。

畑山:これから新しく取り組みたいテーマはありますか。

山口:福祉領域で今、高齢者や障害者への虐待が問題になっています。施設で働く方々に「タッチケア」を学んで、利用者に施してもらうという取り組みを始めたところです。そうすると、触れられる対象者だけでなく、触れる側、つまりケアする側にもオキシトシンがたくさん分泌されるんです。そして相手に対する信頼感が増し、親しい関係が築ける可能性が生まれます。ほかにも、児童虐待の問題や発達障害の方へなど、「タッチケア」が介入できる領域はたくさんあると思います。幼少期からの触れ合いを増やせば、オキシトシンが増えるので、究極的には人に優しく、争いごとのない温かい社会がつくれるのでは、とさえ思います。

畑山:本当に、そういう社会になってほしい。会議なんかも手を繋いでやったら、もうちょっと友好的に進められるかも(笑)。

山口:ぜひ提案してやってみてください(笑)。そもそも私の研究の原点は、生まれ育った静岡県の伊豆での体験なんです。とても自然豊かなところで、そこで五感を使っていろいろと感じたことが、現在に活きていると思います。先ほど述べた「人間も動物の一種」だという思いもそこから生まれていて。いくらテクノロジーが進んでも、触覚や嗅覚といったプリミティブな感覚が人間にとって大事だということは、強調していきたいですね。

畑山:いやぁ面白かった。「タッチケア」、さっそく実践してみようと思います。

文:加賀直樹 写真:今村拓馬

※この取材は2023年12月に行われたものです。

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